Meet me at another planet
〜『てくてくエンジェルDue』開発秘話
12月7日 長山豊
○第1章 夜明け前

「え? 何ですかそれ?」 1997年12月18日・・てくてくエンジェルの発売日。
私が最初に行ったお店の人の言葉だった・・
私はユーザーのフリをして説明をした。

「あの・・歩数計と育成ゲームが一緒になったようなヤツで
確か・・ハドソンって言う会社から出てると思います。」

「はぁ・・・」

見たことも聞いたこともないと言うような顔をしている。
ちょうどその時 私の鞄の中には製品サンプルが入っていた。
それを取り出して「これです」と見せてやりたかった。
しかしユーザーのフリをした手前 そんなこともできない。
いっそのこと このサンプルをこっそり店頭に置いて逃げようか・・
お店のものを盗むのが『万引き』ならお店にものを置いていくのは・・
ひょっとして・・『万押し』と言うのだろうか・・万引きは犯罪だけど
万押しはどうなんだろう? そんなイケナイ考えも頭をよぎったが
さすがにそれを試してみる度胸(?)はなかった。

「やっぱり・・売れないのかな・・」
○第2章 行列

次の日の朝 東京で広報を担当している神宮司さんから電話があった。

「すごいよてくてく! 銀座の博品館で行列が出来たって・・」
「え? ほんとですか?」

『行列』という言葉には特別な思い入れがあった。
学生の頃「ドラゴンクエスト」を買うための行列にわくわくしながら並んで
『いつか自分も こんな凄いゲームを作るんだ。』と夢見ていた頃・・・
それから私はゲーム会社に就職し 主にシナリオ関係の仕事をしている。
しかしまだ行列の出来るゲームは作っていない。
昨日の札幌の状況を見ていただけに なかなか実感が湧かなかったが
あの頃の夢にちょっとだけ近づくことが出来たような・・そんな気持ちになった。

「それで その行列って何人ぐらいですか?」
「うん。20人くらい。」
「・・・・・・・・・」

それは行列と言うよりは『人だかり』に近いものだったかもしれない
それでも冬の寒い中 自分たちの手がけたゲームを買うために
集まってくれた人たちがいたことが嬉しかった。
○第3章 初日の出

1998年元旦・・私は実家のある茨城に帰っていた。
早朝 妻と母との3人で近くにある神社に向かう。
歩いて20分ぐらいの距離を『もう2,000歩も歩いた。』
などと言っては お互いのてくてくを見せあっていた。
ゲーム会社に入って10年。手がけたソフトは10本を越えている。
しかし母が遊んでくれたソフトは てくてくが初めてだった。

「なんか これ付けてると 豊君と一緒にいるみたいだよ。」

そんな話をしながら神社に着いた。お賽銭は500円。
結構奮発したつもりだった。

「家内安全、無事故無違反・・・あと てくてくが売れますように・・」

欲張りなお祈りをした帰り道 高台から見える海に朝日が昇っていた。
真っ赤な朝日に照らされ キラキラと光る海を見ながら妻が言った。

「今年はいい年になりそうだね」
○第4章 ブーム?

お賽銭が効いたのだろうか? 年明けあたりからTVや雑誌などの露出が増え
てくてくは急に売れ出した。芸能人が使っているという点も話題になった。
パフィーのお二人からはお礼のFAXも頂いた。
てくてくエンジェルを紹介するホームページもたくさん出来始めた。
特にお金をかけた宣伝もしていないのに売り切れのお店が続出した。
当初 50万個の生産すら不安視されていたのに それが70万になり
100万になり・・現在は200万個を越えていると聞く。
これも全て てくてくエンジェルを支えてくれた たくさんの人たちのおかげだ。
言葉にならないくらい感謝している。
○第5章 心はいつだって・・

ある日 中野専務が一通のFAXを見せてくれた。
そこには青森に住む男性からの感謝の手紙が綴られていた。
生まれつき病気を患っている小学生の娘さんが
てくてくを使うことで 楽しく運動療法をするようになったという。
私はそのFAXを家に持ち帰り 読み返しながら泣いた。
声を出して泣いたのは何年ぶりのことだったろう・・
顔も見たことのない小学生の女の子と てくてくを通じて
ほんの一瞬でも 心が繋がったような気がした。
200万個のてくてくエンジェルは どんな人と どんな出会いを
しているのだろう? どんな気持ちを伝えているのだろう?
ゲームクリエーターになって本当に良かった。・・心からそう思った。
そしてユーザーの皆さんがくれた 暖かい気持ちに応える唯一の方法を私は知っている。

翌朝 私は会社のパソコンに向かって勢いよくキーボードを叩いた。

「育成散歩計てくてくエンジェル2」企画書
○第6章 とある時代のとある星

「とある時代のとある星に
ジェル君という名の謎の不定形生物が住んでいました。」

てくてく1のプレストーリーはこういう書き出しで始まる。
しかしこれを書いた時には「とある時代」がいつで「とある星」が
どこなのか全く考えていなかった。
ゲームクリエーターには何種類かのタイプがある。
きちっと設定を煮詰めてからストーリーを書くタイプとストーリーを書いてから
設定のつじつまを合わせるタイプ・・私は確実に後者の方だった。
しかしさすがに続編を考える際にはある程度の設定が必要だ。
さて・・どうしたものか・・

しかし次の瞬間 答えは出ていた。
それは自分で考えたと言うより 最初からそう言う世界があって
それを誰かにこっそり耳打ちされたような 不思議な感覚だった。

「ずっとずっと昔。
宇宙には たったひとつの星しかありませんでした。
その星の名をプラネット・オブ・ノーウェアーと言います。

そこに住んでいた『はじまりの神様』は
苦心しながらも 宇宙で最初の命を創造しました。」

キーボードを叩く速度に追いつかないくらい 頭の中に「言葉」が流れ込む。
「てくてく2」の企画は出来たも同然だった。
○第7章 夢のかたち

続編を作る以上 それは「てくてく」の決定版であって欲しい。
ソフト的にもハード的にも 前作で出来なかった要素を全て盛り込んだ。
毎日使うものだからサイズを小さく・・水濡れにも強く・・
キャラクターを2倍にしてメッセージを3倍に・・
全ての機能を充実させて なおかつ値段はそのまま・・
安易な妥協はしたくなかった。今ある物からの上乗せではなく
まず夢を見てからそれに一歩でも近付ける努力をして行く・・
そうしないと夢の商品は作れない。
かなりわがままな仕様だったがプロの技術者が全てを解決してくれた。

角谷みかさんの描いた66種類のキャラクターと私が書いた100以上の
メッセージを ひとつも削ることなく さださんがプログラミングしてくれた。
長山真希さんの外観デザインを実現するために 出村君と岡田取締役が苦心しながら図面を書いてくれた。
厳しいスケジュールと やっかいなしがらみの中ディレクションをしてくれた
高野さん・・ツールサポートしてくれた竹部さん・・毎週楽しい日記を書いて
てくてくを盛り上げてくれた竹下君・・広報の関根さん、神宮司さん、平井部長
マニュアルの村山君、商品管理の富樫さん、飛塚君・・
デバッグをしてくれた たくさんのスタッフ・・
ゲームサポートのスタッフ・・営業のスタッフ・・

たくさんのスタッフの協力を得て 夢はかたちになりつつあった。
○第8章 Meet me at another planet

1999年3月5日 てくてくエンジェルDueが発売される。
売れるのか? 売れないのか?
評価されるのか? されないのか?
全く気にならないと言えば嘘になるが
私の中ではそれほど重要なことではなくなっていた。

てくてくエンジェルという商品を通じて 普通なら絶対に会えないような
人たちと接することが出来た。
たくさんの人に励まされ たくさんの人の協力を得て・・
そのことが一番の宝物だった。

Meet me at another planet
どんなに離れていても 心は通じ合えるよね。
Meet me at another planet
喜びは 分かち合うことで何倍にも大きくなるよね。
Meet me at another planet
同じ心で 同じ喜びを 分かち合えたらいいね

Meet me at another planet
おしまい
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